韓国ドラマ『明成皇后』完全攻略ガイド〜気高く美しく、力強くしなやかに
1851年に25代目の王、哲宗が死去します。王に跡継ぎがなかったため、12歳の高宗が即位。それまで王室内で冷遇されていたイ・ハウンは、王の父として興宣大院君の称号が与えられます。次に王室が急いだのが、高宗の王妃選び。大院君の妻、府大夫人は実家の閔(ミン)家の娘ジャヨンを推薦します。ジャヨンは花嫁候補となったのに、慎ましくどこか悲しげ。彼女は幼い時に父チロクを亡くしていて、それが大院君には気に入りませんでした。
- 永保堂李氏
- 思春期が訪れた高宗が、宮廷の多くの女官の中から選んだのが、この年上の李尚宮。高宗にとって初恋の女性で、よほど夢中になってしまったのか、大人たちが決めた正式の王妃には目もくれず、新婚初夜も李尚宮のところに出かけてしまいます。明成皇后は涙をこらえて、夫を送り出し、毎晩、読書をしながら夫を待ちました。やがて李尚宮は完和君を出産をすると、明成皇后が子供を産む前に、その子が世子に封冊されるのを望むようになります。
- 大王大妃趙氏
- 宮廷で勢力を揮う一派、平壌趙氏一門の女性。世子のまま亡くなった翼宗の王妃ながら今だ後宮を支配し、高宗の摂政となり権力を欲しいままにします。彼女の意見は絶対で、王妃選びを大院君に一任されます。しかし結果として、摂政の座を追われ、王妃には閔家の娘が選ばれてしまいます。大院君にまんまとしてやられた恨みは明成皇后に向けられ、高宗の愛されず跡継ぎができない皇后より、永保堂李氏と完和君の強力な後ろ盾となります。
- 興宣大院君
- 王族の中で日の当たらない時から、上昇志向の強い人間でした。権力者や要人に取り入るのがうまく、宮廷に強い影響力を持つ安東キム氏のキム・ビョンハクと知り合いになります。妻が閔氏の娘ジャヨンを高宗の王妃に推すと片親だと言って反対しますが、大王王妃も片親の娘を候補に上げると、あっさり賛成に回る優柔不断な人物。明成皇后になかなか子ができないと辛く当たり、他人の顔色や時流を見て意見と態度をコロコロと変えます。
- 李氏朝鮮第26代王、高宗の時代
- 23代目純祖の頃から、安東金氏が外戚として権勢を揮っていました。また付近の海にはイギリスやフランスの軍艦が現れ、不穏な動きをしていました。後の大院君の王族イ・ハウンは王権の復興を願い、1863年に哲宗が亡くなると趙氏大王大妃と協力して次男を高宗として王に即位させます。大院君は摂政になると、すぐに安東金氏勢力を宮廷から排除。汚職を厳しく取り締まり、税を軽くして民に喝采される一方、徹底的な鎖国政策を行います。
- 皇后の頭痛のタネ、高宗の側室
- ドラマでは明成皇后を王妃に迎える前に、すでに李尚宮(永保堂李氏)を寵愛していますが、記録に残っているだけでも貴妃オム氏、貴人李氏、貴人張氏、淑儀李氏、貴人鄭氏、徳恵公主を生んだ貴人梁氏ら7人から9人の側室がいました。先代の哲宗が跡継ぎがないまま崩御したことが、側室の多さに影響していたとも言われています。明成皇后との間には27代目の王となる純宗が生まれました。明成皇后が亡くなって12年後、66歳で死去しました。
- スピンオフで明成皇后の隠された恋
- ドラマ『明成皇后』の人気が高まり、ドラマ本編にはない明成皇后の秘められた恋を描くミュージック・ビデオが制作されました。2人は少年少女時代に出会います。宮廷に入り読書で夜を過ごす皇后を見守り続ける護衛官と、彼の存在を強く意識しながら苛酷な運命に立ち向かう王妃の恋。護衛官役のチョン・ジュノと刺客役のホ・ジュノ以外、ドラマの配役のまま映画のようなストーリーが展開されます。海外ではドラマより先に注目を集めました。
- 明成皇后役は韓国女優の憧れ
- 演技力はもちろんのこと、内面から溢れる気品と理知的な美しさが必要。明成皇后を演じることは女優としての「格」を表すとも言われ、全ての韓国女優の憧れです。キム・ヨンエ、カン・スヨン、このドラマではイ・ミヨンと、誰もが認める演技力のある美人女優が演じてきました。09年には映画『炎のように蝶のように(原題)』で、スエが演じました。幼なじみで護衛官を務める男との恋を軸に、洋服を着て西洋文化に親しむ場面も見られます。